“手が触れ合って”  『初々しい二人へ10のお題』より

 


記録的な大雪の後に、
思いも拠らぬ大きな惨事も押し寄せてしまって、
何とはなし 落ち着かない到来となったこの春だけれど。
それでも何とか桜の季節が巡りゆき、
都内の桜も少しずつ散り始め、
散った後へ若葉の萌える葉桜へと、
入れ替わり始めている頃合いで。

 “うう〜〜っ、時々はまだ寒いんだよな、朝早くって。”

自分は小学生の頃からボールを負うことへ精励して来た、
半端ない張り切りボーイなだけに。
今更このくらいの冷え込みくらいでは、
一向に堪えはしないものの。
この春からアメフト始めたばかりですという顔触れの中は、
アメフトどころかスポーツ自体も覚束ないのが、
惜しむらくは幾たりか混ざっているため。
ちょこっとでも気が萎えるとそのまま辞めてく恐れが大きい。
そんなくらいの性根なら、
いっそ無理して居てもらわなくても良いよなものだが。
中には結構反射のいい逸物もいるもんだから、
もちょっと頑張ってみようよと、
ちょっとだけ煽ててもいいんじゃないかと、
ついつい甘やかしてしまいがちなこちらも新規の先輩陣営だったりし。

 『いやあの、ボクって部活自体 今が初体験もいいとこだから。』

先輩という立場とか後輩のあしらい方というのが、
今一つよく判らない……と言っているのが、新キャプテンのセナであり。

 “…まぁな。
  経験なかったところへ持って来て、
  去年接してた先輩陣営がまた、濃い人ばっかだったしな。”

色んな意味から個性豊かな人達ばっかりだったので、
どの先輩をお手本にしたら良いものか。
栗田さんや雪光さんがそうだったよに、
フレンドリーに優しい接し方が性には合っているけれど。
今時の若いのは、
そういう出方をする相手へは、
人並外れた素早さで嗅ぎつけられるその上で、
すぐさま舐めてかかる要領もまた、
当たり前のこととして、身につけてたりするもんだから。
ラインの十文字らなぞは、
逆にまずは威張りまくりの上からの物言いでシメてから、
指導にかかるという先輩ぶりで、なかなかの成功を見せているくらい。

 “…とはいえ、それをセナに求めるのはなぁ。”

自分がしゃきっとするしかないかと、
学校までの道すがら、うんうんと再確認していた、
雷門太郎くん、泥門高校二年生だったけれど。

 「……あれ? モン太じゃないか。」

そんなお声が気安くかけられて、
思考を邪魔され“ああん?”と眇められかけた目許が、
あっと言う間にバチィッと見開かれる。

 「あ、や…あの。桜庭さ…。」
 「おはよう。」

そちらのお名前を言い切るすんでで遮ったのは誰あろう、
王城高校ホワイトナイツの名レシーバー、桜庭春人さんであり。
春先の朝の、微妙に冴えた空気の中、
爽やかな笑顔が何ともまばゆい、
相変わらずのアイドルさんなことから、

 「…あ…と、すんません。」

しまった周囲から注目されかけたかと、
今更焦ってしまったモン太でもあり。
とはいえ、

 「ううん。」

気にしないでとにっこり微笑ったお顔は
なかなかに精悍さも増しており、

 「モン太は挨拶とか敬語とかキチンとしているんだもの、
  むしろ偉いと思うよ?」

昨年だったら、
周囲を見回し、ただただ焦っただけだったかもしれない彼もまた、
そんな言いようが出来るようになっているところは
大した成長なのかもで。
再びの“恐縮です”というお辞儀をしてから、

 「こんな早くから どしました?
  ジョギング…じゃないっすよね?」

学区もお隣りというご近所の王城の生徒だとはいえ、
登校時間にこちらのエリアにいるのは不自然。
春大会も始まっているが、
それへのスカウティング(偵察)なら放課後で十分なはずで。
こんなにも朝早くからどうしましたかと訊いたところが、

 「うん、大したことじゃあないんだけれどもね。」

そうと前おいてから、辺りをキョロキョロと見回して、
まだずんと早い時間だったため、人の行き来も少ないのを見届けてから、

 「進が時々、このくらいの時間帯にお邪魔してないかい?」
 「………あー、いえ。そんなにお見えになってまでは。」

進という名前と、彼のこの“お伺いを立てますが”という態度から、
何とはなく…背景だとか心情だとかまで察することが出来た辺り。
モン太もまた、
胸中お察しします的な感慨を得てしまう人たちに
重々覚えがあったから。

 「朝のジョギングで、
  セナと時々一緒することはあるようですけど。」

俺まで一緒ってパターンになるのは、
明日が試合って朝とかですんでと、
そんな風に言い添えれば、

 「そっか。じゃあ、直接会うってことはあんまりないんだ。」

それへほっとしている辺り、
ウチの子がよそ様にご迷惑かけてないですかというの
探りに来たのが見え見えで。
いくら何でも“問題行動”というところまではやらかしてはなかろうと、
そこはさすがに判っていても。
大会中だし…と、一応の警戒をなさってのことに違いなく。

 『いつぞやの焼肉屋の
  巨大看板でトレーニングしてたのは、
  何とか辞めさせられたけれどもね。』

たはは…と、あれは参ったねと苦笑なさる辺り、
あの程度は“まだマシ”なのか、
つか、あれよりもっとすごい経験もあるのかと、
却って恐れおののいたのがつい最近なだけに。

 「セナも相変わらずですんで…。」

そうと言って笑ったところ、端正なお顔が微かに引き吊り、

 「そっかぁ。セナくんに関しては、進も相変わらずなんだよね。」

そうなんですか、あははははと、
一見、穏やかそうに笑い合った二人だったものの、

 「昨日なんて、あ、やっぱりジョギング中に一緒だったらしいんですが。」

モン太、進さんの手って大きいんだよ…なんて、
今更言い出して真っ赤になってたんすよね と、モン太が言い出せば、
そっか、そっちもか と、
桜庭があらためての苦笑をこぼす。

 「知っているか、小早川セナの手は随分と小さくて、
  あれでよくアメフトという過激な種目に、
  ついて来れるものだと感心する、だってさ。」

ははは…と、ちょこっと乾いた笑い方をした桜庭も、
そうっすか困った人たちですよねぇと、笑い返したモン太も、
その胸中では、さして違わぬスパンの同じことを思っており。

  試合でさんざん、タックルぶちかまし合ってた仲だろに。
  何で今更、相手の手が小さいの大きいのと感動してるかな。

純情なんだか、天然の大ボケ様たちなだけなのか。
まま、幸せなんならそれは善しとするとして。
願わくば、外部へ余計なことをたれ流さないでほしいとだけ、
思って止まぬところもお揃いな、
両チームのワイドレシーバーさんたちだったりし。
春先からそんな心配をしている辺り、
うんうん平和よねとのお言葉かけか、
晴れ渡った空へスズメたちのさえずりが短く響いた、
とある朝の一景だった。






  〜Fine〜 11.04.25.


  *バカップルの言動へ苦労が絶えないフォロー役。
   泥門サイドの担当は、
   蛭魔さん引退後はモン太くんだったりするようです。
(笑)


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